近年、SNSなどで働き方として注目を集める「静かなる退職(Quiet Quitting)」言葉をご存知でしょうか。このセンセーショナルな言葉が故にこの言葉だけが先行し、「若者のやる気がないだけでは?」といった誤解も生まれがちです。しかし、この現象の背後には、現代社会特有の課題や、働く人々の切実な思いが隠されています。
この記事では、「静かなる退職」の正確な意味から、なぜ今これほどまでに話題となっているのか、そして企業はどのように向き合い、対策を講じるべきかまでを、分かりやすく徹底解説します。

筆者自身の私見もあるため、考え方が異なるという場合もございますが、その点はご了承ください。
「静かなる退職」とは?
まず、「静かなる退職」とは具体的にどのような状態を指すのでしょうか。その定義と、しばしば見られる誤解について解説します。
静かなる退職の正確な意味
「静かなる退職(Quiet Quitting)」とは、実際に会社を辞めるわけではなく、自身が会社から与えられている必要最低限の業務のみを行い、それ以上の自発的な会社への貢献や過度な残業、新しいプロジェクトへの積極的な参加などを避ける働き方や考え方を指します。例えば、自分に今与えられているプロジェクトは遂行するが、会社へかかってくる電話への対応や来客対応、備品管理といった雑務というのを一切やらないというものですかね。
これは、仕事への熱意を失った状態、あるいは意図的に仕事への関与度を下げ、精神的なエネルギーを仕事以外の私生活や自己の関心事に振り分けることを意味します。決して「仕事をサボる」ことと同義ではなく、あくまで「契約の範囲内で働く」というスタンスです。



会社でもよく耳にすることが多いかもしれませんが、「自分の仕事をやる」というのを極端にしたケースですよね。
「怠慢」や「やる気がない」との違い – よくある誤解を解く
「静かなる退職」という言葉の響きから、「単にやる気がないだけ」「怠慢なのでは?」といったネガティブなイメージを持つ人も少なくありません。しかし、この現象は、必ずしも個人の資質の問題だけでは片付けられない側面があります。
多くの場合、かつては仕事に情熱を注いでいたものの、何らかの理由でその熱意が報われなかったり、心身のバランスを崩しかけたりした結果、自己防衛的に仕事との距離を取るようになったという背景が考えられます。
「静かなる退職」はどこから来た? – その由来と広がり
この「静かなる退職」という言葉を最近目にしたという方も多いかとは思いますが、いつ、どこから始まった概念なのかを紹介します。
起源はアメリカのSNSから
「静かなる退職」という言葉が世界的に広まるきっかけとなったのは、2022年頃のアメリカです。特に、TikTokなどのSNSプラットフォームで、Z世代と呼ばれる若者たちを中心に投稿が増え、共感を呼んだことから注目を集めました。
当初は、コロナでのパンデミック下での働き方の変化や、賃金に見合わない過度な労働への静かな抵抗、ワークライフバランスの重視といった文脈で語られることが多かったようです。
なぜ今、「静かなる退職」がこれほど話題になるのか?
「静かなる退職」が一過性のブームではなく、今もなお多くの人々の関心を集め、議論を呼んでいるのはなぜでしょうか。その背景にある社会的・個人的な要因を深掘りします。
働き方の多様化と価値観の変化
- パンデミックの影響とリモートワークの浸透: コロナ禍は、私たちの働き方に大きな変化をもたらしました。リモートワークの普及により、通勤時間から解放された一方で、仕事とプライベートの境界線が曖昧になるという新たな課題も生まれました。これにより、多くの人が自身のキャリアや仕事への価値観を見つめ直す機会を得ました。
- Z世代・ミレニアル世代のキャリア観: 終身雇用が当たり前ではなくなった現代において、特に若い世代は、会社への帰属意識よりも個人の成長やプライベートの充実を重視する傾向があります。「会社のために身を粉にして働く」という価値観から、「仕事は人生の一部であり、バランスが重要」という考え方へのシフトが見られます。
努力が報われにくい社会構造への諦観
- 経済成長の停滞と賃金の問題: 長引く経済の低成長や、なかなか上がらない実質賃金は、働く人々のモチベーションに影響を与えています。「頑張っても給料は増えない」「昇進のポストも限られている」といった状況は、過度な貢献意欲を削ぎ、「そこそこで良い」という意識を生み出す一因となり得ます。
- 成果主義の弊害と過度な競争: 成果主義が浸透する一方で、その評価基準が曖昧であったり、結果として過度な競争やプレッシャーを生んだりする場合、従業員は疲弊し、仕事へのエンゲージメントを失いやすくなります。



特に評価をする側が現場を見ていなかった場合、悪く言えば「やったふりをするのがうまい」人間が上に行くことが多いです。
情報化社会と個人のエンパワーメント
- SNSによる価値観の共有: SNSを通じて、多様な働き方や価値観に触れる機会が増えました。「静かなる退職」のような考え方も瞬く間に共有され、共感を呼ぶことで、一つの社会現象として認識されるようになりました。
- 退職代行サービスとの関連性 – 辞めるか、静かに働くか:退職代行サービスは、文字通り「会社を辞める」ための最終手段の一つとして利用が広がっています。一方、「静かなる退職」は「会社に留まりつつ、働き方を変える」という選択です。両者は出口戦略として異なりますが、根底には「現在の会社や働き方に対する不満」「コミュニケーション不全」「これ以上、心身を消耗したくない」といった共通の課題意識が存在すると言えます。退職代行を選ぶほどの強い決意やエネルギーはないものの、現状を何とかしたいという人々が、「静かなる退職」という形で自己調整を試みているのかもしれません。
「静かなる退職」を選ぶのは誰か? – その心理と背景にある声
「今の若者は…」と短絡的に語られがちな「静かなる退職」ですが、実際にはどのような人がこの選択をする傾向にあるのでしょうか。そこには、世代論だけでは語れない、個々の切実な思いがあります。
入社当初の熱意はどこへ? – 頑張った結果、報われなかった絶望感
多くの場合、新入社員として、あるいは新しい職場に移った当初は、誰もが貢献意欲や成長への期待を抱いているはずです。「会社のために頑張りたい」「新しいスキルを身につけたい」というポジティブなエネルギーを持っていたにも関わらず、
- 正当に評価されないと感じた経験
- 提案や改善意見が聞き入れられない組織風土
- 過度な業務量や責任を押し付けられた経験
- 上司や同僚とのコミュニケーション不全
- キャリアパスが見えない不安
といった経験が積み重なることで、徐々に仕事への熱意は失われていきます。「頑張っても無駄だ」「この会社は変わらない」という一種の絶望感が、「静かなる退職」という自己防衛的な働き方を選ばせる大きな要因となっているのです。
これは、「若者の忍耐力がない」のではなく、組織への期待が裏切られた結果としての「学習性無力感」に近い状態と言えるかもしれません。
「静かなる退職」を選択しやすい人の傾向
- ワークライフバランスを何よりも重視する人: 仕事は生活の糧と割り切り、プライベートの時間や趣味、家族との時間を最優先に考えたい人。
- 燃え尽き症候群(バーンアウト)を経験した、あるいは避けたい人: 過去に過重労働で心身を壊した経験があったり、周囲のそうした事例を見聞きしたりして、意識的に仕事との距離を置こうとする人。
- 現在の職場で成長やキャリアアップが見込めないと感じている人: 昇進やスキルアップの機会が乏しい、あるいは自身のキャリアプランと会社の方向性が合致しないと感じている人。
- 組織文化や人間関係に強いストレスを感じている人: 会社の理念に共感できない、風通しが悪い、ハラスメントが横行しているなど、職場環境に強い不満を抱えつつも、様々な事情で転職に踏み切れない人。
企業はどう向き合うべきか? – 「静かなる退職」への具体的な対策
「静かなる退職」は、従業員個人の問題としてだけでなく、企業経営における重要な課題として捉える必要があります。放置すれば、生産性の低下、イノベーションの停滞、優秀な人材の流出に繋がりかねません。では、企業はどのような対策を講じるべきでしょうか。
コミュニケーションの質と量を改善する
- 1on1ミーティングの定期的な実施: 上司と部下が定期的に1対1で対話する機会を設け、業務の進捗だけでなく、キャリアへの考え、困っていること、会社への要望などを率直に話し合える場を作ります。
- フィードバック文化の醸成: ポジティブなフィードバックはもちろん、建設的な改善提案も行いやすい、心理的安全性の高い環境を整えます。双方向のコミュニケーションを意識しましょう。
- 経営層からのメッセージ発信: 会社のビジョンや経営状況、従業員への期待などを、経営層が自らの言葉で誠実に伝える機会を増やします。
公正な評価と納得感のある報酬体系の構築
- 透明性の高い評価制度: 評価基準を明確にし、従業員が自身の評価に納得感を持てるようにします。評価プロセスへの参加やフィードバックの機会も重要です。
- 貢献に見合う報酬とインセンティブ: 成果や貢献度に応じて、昇給や賞与、その他のインセンティブ(表彰、特別休暇など)で報いる仕組みを強化します。金銭的報酬だけでなく、承認や称賛といった非金銭的報酬も効果的です。
成長機会の提供とキャリアパスの明確化
- スキルアップ支援: 研修制度の充実、資格取得支援、メンター制度の導入など、従業員が主体的に学び、成長できる機会を提供します。
- 多様なキャリアパスの提示: 年功序列だけでなく、専門性を高める道や、社内公募制度など、個々の希望や適性に合わせた多様なキャリアプランを描けるように支援します。
- ジョブローテーションや新規プロジェクトへの挑戦機会: マンネリ化を防ぎ、新たなスキルや経験を積む機会を提供することで、仕事へのモチベーション維持に繋げます。
心理的安全性の確保と働きやすい環境づくり
- ハラスメント対策の徹底: あらゆるハラスメントを許さないという明確な方針を打ち出し、相談窓口の設置や研修の実施など、実効性のある対策を講じます。
- 多様な働き方の許容: フレックスタイム制、リモートワーク、時短勤務など、従業員のライフステージや価値観に合わせた柔軟な働き方を積極的に導入・推進します。
- チームビルディングと社内交流の促進: 部署内外のコミュニケーションを活性化させ、互いに尊重し協力し合える良好な人間関係を構築するための機会を提供します。
従業員エンゲージメントの継続的な測定と改善
- エンゲージメントサーベイの実施: 定期的に従業員の満足度やエンゲージメントレベルを調査し、課題を可視化します。
- サーベイ結果の分析と具体的なアクションプランの策定・実行: 調査結果に基づいて具体的な改善策を計画し、実行に移します。その進捗や効果も定期的に検証し、PDCAサイクルを回していくことが重要です。
まとめ:「静かなる退職」は個人と企業双方への警鐘
「静かなる退職」は、単に「やる気がない若者」の問題として片付けられるものではありません。それは、働き手の価値観の変化、社会構造の課題、そして企業文化やマネジメントのあり方に対する、静かな、しかし切実な問いかけと言えるでしょう。
個人にとっては、 心身の健康を保ち、プライベートを充実させるための一つの自己防衛手段となり得ますが、長期的に見ればキャリア形成の停滞やスキルの陳腐化といったリスクも伴います。自身のキャリアプランと照らし合わせ、主体的な選択が求められます。
企業にとっては、 この現象を従業員エンゲージメント低下のサインと捉え、真摯に向き合う必要があります。従業員一人ひとりがその能力を最大限に発揮し、やりがいを感じながら働ける環境を整備することが、結果として企業の持続的な成長に繋がるのです。
「静かなる退職」を乗り越え、従業員と企業が共に成長できる関係性を築くために、今こそ対話と具体的な行動が求められています。
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